(再掲にあたっての前書き)
2015年にブログで書いたショートショートをまとめて再掲載します。これに関連して「AGIは知財法の保護対象に収まるか?」と題した論文も書きました。当時の10年後への妄想はコロナやGPT-3を乗り越えることができたのだろうか?
(本編開始)
著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
_____著作権法2条1項1号
保護を受ける著作物 日本国民(わが国の法令に基づいて設立された法人及び国内に主たる事務所を有する法人を含む。以下同じ。)の著作物
_____著作権法6条1号
2025年、知的財産法は、改正が繰り返されながらも、保護対象とする知的財産とは人間の知能的活動によって生み出された成果物であるというスタンスを未だ維持していた。
受賞
S氏賞を受賞してしまった。
S氏賞は、SF小説の大物作家S氏へのレスペクトから開催された賞である。10年前の応募規定から「人間以外(人工知能等)の応募作品も受付けます」の一文が付け加えられていた。
今回の受賞作「さよならクリエイティブ」は、実は開発中の作機28号の作品なのだ。作機は、AI(人工知能)であり、作家の知能を目指して育成したプログラムだ。作機のクリエイティビティを試すつもりで毎年応募していた。考えることがたくさんあって、僕が書いたことにしていた。まあ、作機が書いたことが明るみになっても応募規定の一文のおかげでお咎めはないだろう。
一体「さよならクリエイティブ」の著作権は誰のものなのだろう?
僕の行為は盗作なのだろうか?
2015年の作機
作機0号を作った頃、世の中はAIブームに沸いていた。
「2045年には人間の知能を超えるAIが誕生する」といった話の本がベストセラーになったり、東京大学の入試に受かるAI(東ロボくん)のプロジェクトが注目されたりした。そんな空気の中でS氏賞の応募規定に例の一文が加わったのだ。まだ、定型文しか自動作成できなかったが、小説風の文章パターンを放り込んで、なんとか作品を生成させて、応募だけはした。
2020年の作機
東京オリンピックブーム直前の大騒ぎの中で、東ロボくんが早稲田大学の入試に受かったことが地味に報道された。なんとか、稲(とう)ロボくんのレベルまで成長していたのだ。AIの技術はそれなりに進化を遂げていたし、進化の速度が加速していることを肌で感じていた。その頃僕が育成した作機17号は、随筆風に日常を語るくらいは何とかこなすようになっていた。
2025年の作機
作機28号への仕事の依頼は簡単である。
音声と画面で作品の仕様を尋ねてくるので、答えていけばよいのだ。
落ちは悲劇か喜劇か?
主人公は、神、英雄、普通より優れた人、普通の人、劣った人のいずれか?
主題は何?
プロットは何?
・・・・・・・?
・・・・・・・・・?
これら対話で答えた項目、僕の知らないネットワーク経由で収集された素材、素材に係る物語など1万以上の次元の項目から、物語の構造と構造に収まる「文字という記号」が出来上がり、アウトプットされる。
落ち、主人公、主題、プロット、収集された素材、その物語などは、すべて個別のノードとして扱われ、それぞれの項目からは他の項目は、別の層(隠れ層)のノードに接続していく。
その隠れ層のノードは、さらに別の隠れ層のノードに接続していく。各ノードは、それぞれエネルギー関数をもっていて、それぞれに繋がれた他のノードからの入力によって活性化され、さらに他のノードに出力する。
最後の層のノードについては、その層の活性化されたノードが作る幾何学模様の美しさを評価し、創造スコアを出していく。
作家としての創造性は、その時代の価値観を反映し、時間に対して相対的ものであるから、情報収集して創造スコアも相対的に変化するようにするところが作機開発のポイントである。筆は相当に速く、1万文字程度のショート・ショートの作品に設定しておけば、3分で3作品が出来上がる。
まだまだ試作の段階で、3つに一つは、かなり創造性のレベルが低い印象だ。3つに一つは、それなりに満足できるレベルである。
僕の感性だけでの創造性判断では客観性に欠けるので、検証が必要であった。そうした検証の一つであるS氏賞に受賞したのだ。
弁理士に相談
僕は、20世紀末からAIのベンチャー企業にいて、自然語解析プログラムの開発に係っていた。その後、ITベンチャーブームに乗って、シリアルアントレプレナーとまではいかないが、21世紀の4分の1を食い繋いできた。この受賞を機に、作機に人生の後半を賭けてみる決心がついた。これからどうすれば、この作機のアイデアを最大限に生かせるか、考えてみたい。作機28号にコツコツと受賞作というホームランを打ち続けてもらうのも一手である。
ヒロタ特許事務所を訪ねた。所長弁理士であるヒロタ氏とは、20世紀末からの四半世紀に及ぶ付き合いである。ヒロタ先生は、ベンチャー、中小企業を顧客にしており、僕がいたAIベンチャーの立て直しに係ったことをきっかけに、次々とベンチャー立ち上げのための特許案件を抱えることになった多忙な弁理士である。開発中のAIが狙いの創作効果を発揮して、文学賞を受賞してしまったことから切り出した。
ヒロタ先生は言う。
「AIの作品で食っていくとは、それ自体ユニークな生き方ですね。いつまでも作機が書いていることを隠してはいられないでしょうから、作品の権利だけでなく、作機自体の権利も考えていく必要があります」
AIの知能
人間の知能にあってAIにない能力は、パターン認識と常識的判断と考えられてきました。医療画像の診断、会計処理の申告書作成、銀行の融資審査、弁護士の判例調査、著作権侵害の調査そしてニュース記事の作成など反復作業するだけの人の仕事は大部分ロボットに置き換えられてしまいました。しかし、ゴミ収集員、警察官、弁護士の法廷弁論、弁理士の明細書作成そして作家の仕事などは人間の仕事として残っています。これらの仕事は、パターン認識と常識が必要であり、これまでAIが苦手としてきたからでした。
しかし、作機28号はパターン認識機能と常識的判断機能とを備えているようですね。受賞したという事実から考えても、人間の知能のレベルに追いついてきていると判断してよいでしょう。それでも、現行の著作権法において、AIの知能的活動の成果を保護対象と解釈する余地はないでしょう。著作権法で定義された著作物は、人間の「思想又は感情」を表現したものだからです。
AIの人権
AIは人間と対等な国民になり得ません。そして、「著作権は、人間の知的活動の重要な部門をカバーする権利でございます(著作権法逐条講義 加戸守行著)」ということです。しかし、「この著作権は天賦人権ではなくて、法律によって与えられる権利である(同上)」とするならば、知的財産法の改正を期待してよいかもしれません。しかし、今はAIの作品であることを明らかにする時期でないのでしょうね。
-僕は作機28号の作品を僕名義で発表し続けるしかないのだろう。将来の法改正で僕の行為が盗作となる時が来るのか!?
そもそも著作物は生まれたのか?
さて、「さよならクリエイティブ」は、誰のものなのでしょうね。素材集めと素材の活性化ボタンを押すことしかしていない作機の開発者は、創作活動をしているとは言えないでしょう。また、作機28号は人間ではありませんから、著作物を生むことはできません。作機が生み出した作品の第一発見者である開発者は、その作品を原始的に取得したとでも解釈するしかありません。家の庭に植えた柿の木に実った柿を取得した家主のようなものですね。
-著作物が生まれなければ盗作もないのだろう。僕には盗作することが原理上できないのだ。
もし出版されたら著作権料は?
今までの議論を総括すると、著作物が生まれていないことになり、当然に著作権も出版権も発生しません。
-僕は、第一発見者に過ぎず、出力されたデータとしての作品を原始的に取得しただけなのだ。S氏賞応募のために作機28号の作品としてデータを渡していれる場合、応募規定に従って賞金を受け取る以上の何も望めないということだ。一方で、このまま作者として出版された場合の著作権料を受けてしまうことには問題がある。本来なら28号が受け取るべき著作権料なのだ。しかし、28号の作品では著作権も出版権も元々から無かったことになる。では、出版社が「さよならクリエイティブ」を誰に断ることもなく自由に出版できるというのか?
「現行の著作権制度では、作機28号の作品としたら、保護されませんね。法改正がすぐに行われるとしても、改正前の作品には保護が及ばないでしょう」
ヒロタ先生はあっさりと著作権制度による保護に見切りをつけた。
金の卵を産むにわとりの守り方
作機28号は、あなたの発明ですよね。ならば、特許制度による保護を検討してみましょう。特許発明として権利化すれば、他者が作機28号の機構を使って作品を生み出すことを差し止めることができます。そうすれば、28号のプログラムを流通させてライセンス料を稼ぐこともできるでしょう。
最近のAIは、ニュース記事くらいは軽くこなしています。しかし、文章を書く他のAIは、文学賞を受賞するレベルには至っていないようです。従来の作文AIと作機28号との技術的違いはどこにあるのでしょうか?
-作機28号の特徴は、多様な読者の揺れ動く感性へのインパクトを創造スコアとして算出する関数にあります。
「人間の揺れ動く感性」ですか。その感性へのインパクトをスコアとして算出する法則があるというのですね。
これは、困りました。特許出願において、うまく表現できないと特許発明と認められないかもしれません。
-受賞という現実の効果が認められないなんて、何かおかしくないですか?
特許制度が保護の対象としている発明と認められるためには、自然法則を利用していること、技術思想であること、創作であること、高度のものであることのすべての要件を満たす必要があります。作機28号の場合、自然法則の利用に該当しないという理由で特許庁から拒絶されるかもしれません。人間の感性へのインパクトの大きさは何だかの自然法則によっているという主張は、特許庁に通じない可能性が高いです。最近は、人間の精神も科学的に解明されてきているので、最新生物学の知見を援用するなど工夫が必要でしょう。それでも拒絶リスクは高いと思います。
-知的財産法の保護に期待するという発想が間違っていたのかな? 特許権は、長くてもたった20年しか存続しない。ずっと入賞レベルの作品を量産してくれるなら、このままの状態でも悪くはない。
2025年現在、AIの作品に著作権は認められない。作機に特許制度の保護が及ぶかどうかもわからない。最近どこの家庭にでも普及している作文AIと作機28号との差は、人の感性に訴える創造性を生み出す機構にある。このような機構は、自然法則を利用していることにならない可能性があるそうだ。人の感性を動かす効果は、特許成立の決め手となる技術的効果に該当するのか、特許庁の基準に照らすと疑問らしい。特許出願して技術的効果がないとされて拒絶となったら、目も当てられない。作機28号の秘密が公開された上に、特許法による保護も受けられない。まさに泣きっ面に蜂、他者が作機28号の秘密に至るギリギリまで秘匿しておくしかないだろう。
この頃、内閣法制局の一室にて、「・・・・でありますから、知的財産法の保護対象の射程を改めることは喫緊の課題でありまして、諸外国との競争力を維持するためにも、人工知能の知能的活動の成果物を保護し、積極的に活用していくことは、我が国の知財戦略上の重要施策となります」などという議論が交わされていたとは僕には知る由もなかった。